アゴラ・アイムVOL.1

トークテーマ:あなたはどう生きたい?―メディア的幸福論―

カテゴリー
その他
開催日時
2010年10月25日(月)
場所
同志社女子大学 知徳館1F C182
登壇者
中村信博(国際教養学科教員 聖書、メディア文化史)
川田隆雄(情報メディア学科教員 プロデュース論、プロデューススキーム)
前田剛志(mscスタッフ 京都市立芸術大学非常勤講師 メディアアートユニットSZメンバー)

アゴラ・アイムとは?

情報メディア学科の教員や講師、学生、スタッフ、時には外部ゲストをお呼びして開催する情報メディア学会のトークイベントです。アゴラとは”広場”を指すギリシア語。IM(アイム)とは情報メディア学科の頭文字。様々な人と出会い、語りあう場にしたいという願いを込めて”アゴラ・アイム”と名付けました。

REPORT

トークイベントの記念すべき第1回目は、同時期に学内のmscギャラリーで開催されていたグーテンベルク聖書展に関わった先生方の登場です。テーマは「あなたはどう生きたい?ーメディア的幸福論ー」。メディアと幸福の関係って?なぜ情報メディア学科でグーテンベルク聖書展が開催されたの?さらには、そもそもメディアを学ぶとはどういうことなの?といった根源的な問題にまで議論は及びました。

3名の登壇者からはそれぞれ異なった見解が明確に示され、議論も時間が進むにつれ深まっていきました。また、それらを必死に読み解こうと参加者の表情が徐々に険しくなっていく様子が印象的でした。参加者の意見からさらに議論が深化するといった場面もあり、緊張感のある白熱した学びの場となりました。

イベントはまず、3名のプレゼンから始まります。

理性を持って世界に羽ばたける喜び

「私はこの絵を前にすると、人間とは一体何なのか?と考えてしまうんです。(中村信博先生)」

グーテンベルク聖書展でも使われていた絵画、デューラーの《四人の使徒》を中心に話は進んで行きます。一見したところ宗教色が強そうなこの絵画ですが、中村先生は以下のように解説します。

「デューラーは、中世の香りっていいよね!とかキリスト教を後世に伝えたい!ということを伝えたいわけではないんです。ここには宗教改革を受けて生きようとする『近代的人間』の姿が描かれている」
宗教改革と言えば、キリスト教や聖書が一気に一般人の手にも届くようになった歴史的事件。そんな時代の真っ只中にいたデューラーは思考錯誤の末《四人の使徒》によって自身の宗教観を明確に打ち出した、とのこと。

そして、「正しい情報を獲得した人間は理性を持って世界に羽ばたくことができる。これがデューラーの時代における幸福のひとつの形なのでは」とまとめました。

iPhone・iPad・電子書籍・Twitter・Ustreamなど続々登場する新しいメディアやツール。これらをどう読み使い、さらにどのように新時代を作っていくのか。また、正しい情報は存在するのか、手にする方法とは。デューラー同様、変革の真っ只中にいる私たちとの共通性、類似性を考えさせられるプレゼンでした。

さらには打ち合わせでのエピソードも紹介。
「《四人の使徒》でヨハネが手にしている福音書は、iPadと同じくらいのサイズ。これはおもしろい視点ですよ(笑)」

否定形であらわれる神

「今日は中村先生と川田先生のバトル仲裁役としてやって来ました!(笑)(前田剛志氏)」

続いてのプレゼンは、キリスト教系科目を担当している中村・川田両名とは違った方向性で臨みます−−と意気込む前田氏。

まずスクリーンに投影されたのは、大きなパイプの絵の下に「これはパイプではない」という文章が書かれているマグリット作の絵画《これはパイプではない》。−−パイプなのに、パイプでない?どういうこと?

「この絵は、視点によって見方がいくつかあります。文章とイメージの関係がポイント」と5つの見方を解説。普段我々が認識している言葉とイメージの関係に懐疑を加えると、様々な見方が立ちあらわれます。まるで思考の手品のような今回のプレゼンは、前田氏流の物事をメディア的に見て行く練習問題とのことです。

印象的だったのが、最後に投影した《これはパイプではない》を元に前田氏が加工した画像。何も描かれていない空白の下に「これは神である」という文が書かれています。

「僕たちは、イメージと言葉が同時に現れてはじめて対象を認識することができるが、『神』だけは違う。『神』はこの画像のように姿を消すことによって指し示すように仕向けられている」「僕の中で、幸福感が満たされた=キリスト教で言うところの神が現れた瞬間は『神』という言葉も認識もない状態なんです。この画像とはちょうど逆になるけれど」と前田氏は自身の幸福論へと繋げました。

iPhone幸福論

3人目ラストは川田隆雄先生のプレゼンです。まず、SFドラマ「スタートレック」に登場するトリコーダーという小型装置を紹介。トリコーダーでは全宇宙の情報を収集でき、さらには巨大な宇宙船をもコントロールできるという設定。

「かつてSF世界の夢だったトリコーダーは、ご存知の通りiPhoneやiPadなどにおいて実現されようとしています。実は、全てを集め全てをコントロールする能力=全知全能は神が持っている能力で、これはもともとキリスト教世界の人が持っている夢。みなさん西洋人の夢にまんまとハマってらっしゃいますね(笑)」と不敵な笑みを浮かべる川田先生。

さらに川田先生によれば、iPhoneで神から全知全能の能力が分配され、人々はそこに神の意志を感じているのでは、とのこと。

「ちなみに私は幸福論者なのですが、重要なのは『神は果たして善良なのか?』という問題です。神が善良であれば、なぜ我々はこれほどまでに苦しみを与えるのか?幸福をつかむのが難しいのか?私は神は理解可能なものと考えている」と付け加え、他2名との認識の違いをあきらかにしました。

近代はあったか?それは何をもたらしたか

続くトークセッションでは、『近代』がひとつのキーワードとして浮き上がってきました。

川田「近代とそれ以前の違いはそこまであるのか?」
前田「前近代と近代の違いのひとつとして、『類似』と『相似』が挙げられる。今展覧会タイトルにも入っている『類似』はオリジナルが参照できるコピー。そして『相似』はコピーのコピーでオリジナルはない=シュミラークル。後者が近代的なものだと言える」
川田「むしろ今の時代の方が、オリジナルに近づくことができるのではないか。たとえばiPadでグーテンベルク聖書を拡大していくとその時代の人の指紋や汚れも見ることも可能」
中村「iPadやiPhoneで見るもの自体はシュミラークルだけど、私たちの感覚がオリジナルに刺激される部分があるのは面白い。情報が個々に行き渡り、個々で編集できるようになった。手にしているものがそれぞれ違うという点ではオリジナルと言える」

会場からも以下のような意見が出されました。

「そもそも近代以前では、神は知の対象になっていなかったのでは?」
「iPhoneで私たちは幸せになったのか?最近、身体的な限界が出てきてしんどい時すらある」
「神という問題を語らずして、幸福は語れないのか」

白熱した1時間半はあっという間に終わりました。「同じ学科の先生方がここまで熱く同一テーマで語り合う姿、そして意見対立している姿を初めて見た」「定期的にやってほしい」との声も寄せられました。また、このイベントがきっかけとなり、意見を言い合いたい!という学生が主体となって「裏アゴラ・アイム」を企画しているそうです(12/22開催予定)。

さらに、アゴラ・アイムvol.2も企画中。今回とはまったく違うテーマになりますが乞うご期待です。

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